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東京地方裁判所 昭和62年(合わ)80号 判決 1988年7月28日

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用のうち、国選弁護人に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

一  被告人は、父A、母Bの次女として、東京都内で出生し、小学校入学のころ、父Aが失踪したため、母方の叔父夫婦のもとに預けられ、実母兄弟と離れて暮したが、時折寂しさを感じながらも、これが自分の境遇と受けとめ、小学校時代を送った。被告人は、中学校入学のころ、病院に賄婦として働いていた実母と一緒に暮すようになったが、中学校卒業後、母の負担を軽くするため町工場等で働きながら同四五年、都立の定時制高校を卒業し、新宿「C」化粧品部に勤務するようになった。被告人は、同四六年五月ころ、Dと知り合い、互いに好意を寄せるようになって、同四七年一月に同人と結婚し、長女E、長男Fをもうけ、その間の同五〇年ころから現住居地においてDの両親と同居し、同五九年六月ころから、近所にある喫茶店で昼間数時間パートタイムで働いていた。

二  被告人は、同五七年六月ころ、女性の友人二名とともに都内のディスコに行った際、酔余、居合わせた見知らぬ男性の客とチークダンスをしながらキスをしたが、翌日になって、あの人が梅毒だったらどうしよう、キスにより梅毒に罹患したのではないかと心配になり、一週間程して唇や喉に湿疹が出来たことから心配が募り、都内の皮膚泌尿器科医院で梅毒の検査を受けたところ、異常なしとの結果を知らされ、一応は安心していた。

三  ところが、同六一年ころから、後天性免疫不全症候群(いわゆる「エイズ」)がテレビ、新聞等で話題にのぼり、とりわけ、同六二年一月ころ、日本で初めての女性エイズ患者の存在が公表され、さらに、右患者が死亡したことが報じられるや、連日のようにエイズが話題となった。被告人は、同六一年一〇月一八日実母Bを亡くし、このため気落ちし、疲労を感じていたところ、これらのエイズ報道、特に女性のエイズ患者に関するものや、エイズが性交渉のみならず、唾液を交換する態様のキスによっても伝染するとの内容のものを聞いて、数年前見知らぬ男とキスをしたことを思い出し、自分にもエイズが感染しているのではないかと気になり出し、それとともに、同六二年一月下旬ころから腹痛を、二月初旬ころからは微熱、首の凝り、寝汗、リンパ腺の腫れ、食欲不振などの症状を感じるようになったため、これが新聞等で聞知していたエイズの症状と似通っていたことから、数年前のキスによりエイズに感染したのではないかと強く疑うようになった。そこで、被告人は、同年二月下旬ころ、かかりつけの病院で腎臓、胃の検査を受けたのを始めとして、同年四月までの間、都内の病院数か所で繰り返し肝臓、甲状腺等の検査を受け、二回にわたってエイズの検査も受けたが、エイズ検査はいずれも陰性で、他の検査でも特に異常は認められない旨告げられた。しかし、被告人は、自分の体調が一向によくならず、かえって首の凝りがひどくなるなどしたことから、検査の結果を信じ切れず、これは新種のエイズに感染したのではないか、あるいは、風邪薬を飲み続けているため正確な判定ができなかったのではないかなどと思い悩むようになり、同年四月中旬ころ、都立墨東病院で受けた血液検査等の結果は異常なしであったが、「異常がないのにこのような症状が続くわけがない。未知の病気であるエイズにかかっていると考えればすべて納得がいく」と思い詰めるようになり、さらに、そのころ、もともと病弱であった長男Fが肺炎等で入院し、夫Dは同月初めころから寝起きが悪く首の凝りなどを訴え、長女Eは同月中旬ころから疲労を訴えるなどしていたことから、家族全員にエイズが感染したのではないかと思い込むようになった。

四  被告人は、自分がエイズに感染しているのではないかとの疑いを強めるとともに、自殺を考えるようになったが、Fの入院後は、疲労を募らせ、その思いを強め、さらに、被告人自身、子供のころ親もとを離れて親戚に預けられた体験から、子供達を残して自分一人が死ぬのはかえって子供達にかわいそうだ、子供達や夫にもエイズがうつっているのなら、いっそのこと、家族で一緒に死んだ方がいいのではないかなどと考えるようになった。同月二三日、Fが退院してきたものの、一向に熱や咳がとれず、また、被告人自身の体調も変わらないことから、被告人は、家族と一緒に死のうとの思いを強め、そのためには、子供達は首を絞めて殺し、体が大きい夫は包丁で刺さないと無理ではないか、一緒に死ぬのは休日の前の四月二八日にすれば他の人にあまり迷惑を掛けずにすむのではないかなどと考えた。

五  被告人は、同月二八日昼間、同夜皆で一緒に死のうと考え、親友あての手紙、実兄あての亡母の遺産に関する権利を譲る旨の手紙、被告人が積立金を預かっていた近所の友人達にこれを返還する旨の手紙及びあて名のない遺書を整え、さらに夫の部屋から子供達を絞殺するためのネクタイ二本を持ち出して、被告人のポシェットに隠したりしたが、結局、同夜は実行にまで踏み切る気持になれなかった。被告人は、翌二九日朝から床に入ったままぼんやりしていたが、今夜こそは一緒に死ななければと考え、同日夕方、一階台所の流し台から刃体の長さ約22.2センチメートルの柳刃包丁(昭和六二年押第七二八号の1)を取り出し、被告人夫婦の寝室の押入内にある衣裳ケース右脇に隠した。

六  被告人は、同日夜、子供達に翌日の登校準備等させた後、午後一〇時ころFを、同一〇時三〇分ころEを寝かしつけると、寝室に戻り、夫が眠った後は、布団の中でぼんやりと考え事をしていた。被告人は、翌四月三〇日午前一時ころ、やはり夫や子供達と一緒に死ななければならないと決意し、起き出して前記ネクタイ二本をポシェットから取り出し、ベッドで寝ていたFの脇に行って、二本のネクタイを揃えて同人の首に一重に巻き、両手でネクタイの両端を強く引っ張って、首を絞めたものの、すぐ同人が目を開き、「ママどうしたの。何故こんなことするの。気持悪いよ。苦しいよ」などとうめき声をあげて苦しんだので、かわいそうになり、咄嗟にネクタイを首からはずし、同人を絞殺することを諦めて自分の寝室に戻り、うとうとと眠った。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六二年四月三〇日午前四時ころ目を覚まし、これからどうすべきか考えたが、一月末以来エイズのことで一人思い悩み、疲れ果てていたことから、「もうこれ以上の苦しみは耐えられない。今夜中に家族と一緒に死ぬしかない。一番小さなFでさえネクタイでは殺せなかったのだから、今度は全員包丁で刺して殺し、自分も後から包丁で胸を刺して死のう」と決意し、自分達の血液から他の人にエイズが感染することのないよう、便せんに「エイズです。3Fにあがらないで。血に触るときけんです。ごめんなさい」と走り書きし、押し入れから前記柳刃包丁を取り出し、子供に顔を見られるのは耐え難く、また子供の顔を見るのは忍びないので、子供の顔を隠すためのバスタオルを持ち、階段の途中に右便せんを置いた上、まずEを殺そうと考え、東京都○○区××被告人方三階にあるE(当時一三歳)の部屋に入り、布団の上に仰向けに寝ている同女の枕元に正座し、前記バスタオルを同女の顔に掛け、右手で右柳刃包丁を逆手に持ち、殺意をもって同女の左胸部目掛けてこれを振り下ろしたが、同女がたまたま体を動かし、その左腕付け根付近に刺さったため、「痛い」と驚き起き上がり「ママ何するのよ」などと言いながら這うようにして同室奥に逃げる同女を、部屋の隅に追い詰め、被告人の方を向いて座りながら「助けて」と叫び哀願する同女に対し、「もう駄目なのよ」などと言いながら、右手に持った右包丁を振り上げ、その胸部等を多数回にわたり突き刺し、第三肋軟骨を切断、右心房を貫通し、横隔膜を貫通して肝左葉に達する長さ約21.5センチメートルの左前胸部刺創、第四肋軟骨を一部切断し、横隔膜を貫通、右肺下葉を貫通し肝右葉に達する深さ約一八センチメートルの右前胸部刺創等の傷害を負わせ、よって、同日午前七時一分ころ、同文京区千駄木一丁目一番五号日本医科大学附属病院において、右の左前胸部刺創に基づく心臓損傷による失血により死亡させて同人を殺害し、

第二  引き続いてFを殺そうと考え、前同日時ころ、前記被告人方三階にあるF(当時九歳)の部屋に入り、同室ベッド上に横向きに寝ていた同人の脇に立ち、その右肩を押して仰向けにし、その顔に同室内にあったバスタオルを掛けてその上から左手で同人の頭部を押え、右手で逆手に持った前記包丁を振り上げ、殺意をもって同人の左胸部等を数回にわたり突き刺し、第二肋骨を切断、第三肋骨を半分切断し、左肺上葉に切創を与えて心のうに入り、左房と肺動脈を切断して右肺下葉に切創を与える深さ約二一センチメートルの左前胸部刺切創等の傷害を負わせ、よって、同日午前六時四五分ころ、同千代田区神田駿河台一丁目八番一三号駿河台日本大学病院において、右の左前胸部刺切創による失血により死亡させて同人を殺害し、

第三  前記第一、第二の犯行の際の物音に気付いて前記Fの部屋の入口付近に来たD(当時三七歳)から「どうしたんだ」と声を掛けられたことから、このまま同人をも殺そうと考え、前同日時ころ、同所において、前記包丁を両手で順手に握り、殺意をもって同人に体当りをしながらその胸部を一回突き刺したが、同人に右包丁を取り上げられたため、同人に加療約一か月間を要する胸部刺創、血気胸、横隔膜損傷、横行結腸損傷の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった

ものであるが、被告人は、前記第一ないし第三の犯行当時、疲憊性うつ病(心因性うつ病、反応性うつ病の一型)に基づく妄想様観念に支配されていたため、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一 弁護人は、被告人は本件各犯行時には自分がエイズに罹患しているとの疾病妄想に支配され、心神喪失の状態にあったものであり、責任能力が認められず、被告人は無罪である旨主張する。これに対し、当裁判所は、判示のとおり、被告人は本件各犯行時には心神耗弱の状況にあったものと判断したので、以下、その理由を述べる。

二 鑑定人医師金子嗣朗作成の精神鑑定書を含む前掲関係各証拠によると、以下(一)ないし(九)の諸事実を認めることができる。(一)被告人は、元来、自己不確実型人格で、強迫神経症になりやすい素質を持っており、判示のとおり、今回のエイズ恐怖の原因ともなった見知らぬ男とのキスの直後、自分が梅毒に感染したのではないかという疾病恐怖を体験していること、(二)被告人は、判示のとおり、実父が失踪したため、小学生のころ、実母から離れて叔父夫婦のもとで養育されており、このため人一倍母親に対する愛着・精神的依存傾向を強く持っていたところ、本件犯行の約半年前、実母が死亡したことから気落ちし、心身共に相当疲労した状態にあったこと、(三)被告人は、判示のとおり、こうした不安定な状態にある時期に、エイズに関するテレビ、新聞等の頻繁な報道に接し、自分もエイズに感染したのではないかという疾病恐怖を抱くに至り、それとともに、腹痛、微熱、寝汗、リンパ腺の腫れ、食欲不振といった種々の身体上の不調を感じるようになり、これらの症状をエイズと結びつけ、エイズ恐怖の度を強めていったこと、(四)加えて、エイズがいわゆる性病であり、しかも、現在の医療では未だ有効な治療方法が発見されておらず、一度罹患すると死亡する蓋然性が極めて高いことなどから、被告人は、自らのエイズ恐怖を親族、友人等に相談することもできず、一人で思い詰め、心身の疲労の度を強めてうつ状態に陥っていたこと、(五)被告人の体調不良は、心身の疲労と抑うつ状態が身体症状として現われたものと推測されるところ、被告人は、エイズに対する恐怖から、体調不良の原因を知ろうと、判示のとおり頻繁に数か所の病院を訪れ、エイズ検査二回を含む種々の検査を受けたが、医師達からいずれも身体に異常はない旨告げられても、なおこれを信用することができず、かえって体調が快方に向かわないことから、ますます精神的に追い詰められ、エイズ恐怖が単なる疾病恐怖の域を超えて、疾病妄想ともいえる状態にまで達したこと、(六)丁度そのころ、Fが肺炎等で入院し、これが被告人の心身にさらに過労を強いたため、右疾病妄想も程度を増し、加えて、Fの肺炎や、夫D、長女Eが疲労を訴えていたことを、エイズと結びつけ、家族にもエイズが感染しているとの妄想様観念を形成するに至り、これに、被告人が両親と離れて育った体験とが結びついて、「夫や子供達に寂しい思いをさせるよりも家族で一緒に死んだ方がよい」との観念を持つに至ったこと、(七)被告人は、昭和六二年四月ころからは外出も減り、疲労のため昼間から横になって休むこともあり、本件前数日間は、パートタイムで勤務している喫茶店などでも注意散漫な様子が見うけられたこと、(八)被告人は、本件犯行直前ころ、頭が空っぽになり、まっ白になって、感情なく動きまわり、左の耳がキーンとなった旨の離人体験ともいえる供述をしていること、(九)被告人は、本件で夫を刺した際、同人に「一緒に死んで」と言っている上、同人を刺した直後、自分を包丁で刺そうとする素振りも認められ、自殺念慮を示していること。

以上の諸事実を併せ考えると、鑑定人医師金子嗣郎の作成にかかる精神鑑定書で述べ、また同人が証人として当公判廷で供述しているように、生来自己不確実型人格の被告人が、実母の死亡等による疲労、体調不良、エイズ恐怖などにより疲憊性うつ病(心因性うつ病、反応性うつ病の一型)になり、長男の入院等を通じてこれを悪化させていく中で、被告人のエイズ恐怖は単なる疾病恐怖の域を超え、「自分はエイズにかかった」「家族にもエイズをうつした」という訂正困難な妄想様観念にまで昂り、この妄想様観念の支配の下に被告人の本件各犯行が行われたものと認めることができる。そして、右疲憊性うつ病による妄想様観念が被告人の判断、行動に及ぼした影響は、もとより精神分裂病における真性妄想と同列に扱うことはできず、また、被告人が内因性うつ病に罹患していたとも言い難いが、犯行直前における被告人の精神的疲労状態及び離人症状が招来されていた疑いがあること等に鑑みると、疲憊性・心因性うつ病によるものとはいえ、相当程度の高いものと考えられる。したがって、被告人は、本件犯行当時、疲憊性うつ病に基づく妄想様観念に支配され、事理の是非善悪の判断及びその判断に従って行動する能力を著しく衰弱させていたものであり、心神耗弱の状態にあったと考えるべきである。弁護人の主張は、この限度で理由がある。

三 これに対し、弁護人は前述のとおり、本件当時被告人は心神喪失状態にあった旨主張する。しかし、被告人は、疲憊性うつ病のため日常の家事、対人関係に困難を感じていたものの、本件直前に至るまで、一応滞りなく家事をこなし、長男の入院等やむを得ない事情がある場合以外は喫茶店へも出勤しており、本件直前の夜も、既に子供達を殺すことを心に秘めながらも、極力普段と同じように振まおうと考え、子供達に、翌日の学校の時間割を整えたか尋ね、Eの鉛筆等を整えてやるなどした上、これを寝かしつけており、家族、知人等も、少し元気がないとか、注意散漫と感じた以外には、特に変調を感じていないのであって、この点、内因性うつ病により心神喪失が認められる場合とは著しく異なっている。また、被告人は、本件犯行に及ぶにあたって、亡母の遺産に関する権利放棄書を実兄にあててしたため、知人から預っていた積立金の返還まで配慮し、犯行直前には、判示のとおり、他人にエイズを感染させないようにとの配慮から判示の走り書まで準備して犯行に及んでおり、周囲に対する細かな心配りも犯行直前まで失われていない。さらに、被告人は、本件犯行数時間前にFを絞殺しようとしているが、この時は、同人が苦しむ様子を見て、途中で犯行を断念しており、本件犯行にあたっては、子供達に顔を見られるのは耐え難いし、また子供達の寝顔を見るととても実行できないとの気持から、バスタオルで子供達の顔を隠してから犯行に及んでおり、これらの事実は、情緒的な意味も大きいとは思われるが、被告人の犯行を抑止する能力が完全には失われていなかったことを窺わせる。こうした諸事情に、被告人は、本件犯行後、捜査官が被害者の血液に平気で触れている様子を見ただけで、妄想様観念から脱却し、軽い抑うつ状態を残すのみとなったことを併せ考えると、被告人が本件各犯行時において、心神喪失の状態にあったとは到底考えることはできない。

なお、弁護人が主張する、本件発生前後におけるマスコミによるエイズ報道と、エイズに関する社会不安(これを「エイズパニックシンドローム」と称する立場がある。)の被告人の精神状態に及ぼした影響については、もとより被告人が前記の妄想様観念を抱くに至った経緯を考える上での状況因として無視し得ないが、その限度で考慮されるにすぎず、被告人の犯行時における責任能力の有無、程度はあくまでもその当時における被告人の行動等から判断すべきものである。前記鑑定書が、右の「エイズパニックシンドローム」に言及していないからといって、その信用性に影響を及ぼすものとも到底考えられない。

よって、心神喪失に関する弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為は、いずれも刑法一九九条に、判示第三の所為は同法二〇三条、一九九条にそれぞれ該当するところ、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、以上はいずれも心神耗弱者の行為であるから同法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。訴訟費用のうち国選弁護人に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。(量刑の事情)

本件は、被告人が、自分がエイズに罹患し、家族にもこれを感染させたとの妄想様観念に取りつかれ、一家心中を図り、柳刃包丁で一三歳になる長女、九歳になる長男の胸部等を刺して殺害し、さらに夫の胸部を突き刺して加療約一か月間を要する傷害を負わせたが、同人に取り押さえられて殺害の目的を遂げなかったという事犯である。被告人の犯行に至る経緯・動機につき考えてみるに、いかにエイズ感染の恐怖があったとはいえ、成人の夫はもとより、既に一個の人間として自己の意思を持つ子供達を勝手に、一緒に死ぬ方がよいなどと考えたことは、相手の生命の尊厳を無視し、子供をあたかも自己の所有のように考える、誠に短絡的で身勝手な態度というほかなく、心神耗弱下の犯行という点を考慮しても、なお、強く非難されなければならない。また、犯行態様は、何も知らずに寝ている長男の胸部等をいきなり柳刃包丁で幾度となく力一杯突き刺しており、長女Eに至っては、被告人の犯行に気付き、這うようにして逃げ、被告人に助けを求めているのに凶刃を振ったというものであって、その犯行は無惨を極め、残虐というほかなく、頼り切っていた最愛の母親に突如として裏切られ、前途に限りない可能性を持つ生命を問答無用的に絶たれた二人の子供の心情はもとより、突然、目前に凶刃を振う母親の姿を認めた時の長女Eの驚愕と衝撃は察するに余りある。夫Dにしても、幸い命には別状がなかったものの、受傷の程度は決して軽くなく、それにも増して、長年連れ添ってきた妻に裏切られ、愛する子供達を奪われた苦悩と悲嘆は計り知れないものがあり、その心の痛手は永久に消えないものであろう。これらの点を併せ考えれば、被告人の犯情は誠に悪質であり、その刑事責任は重大というほかはない。他方、本件犯行は、疲憊性うつ病に基づく妄想様観念に支配され、心神耗弱の状態で行われたもので、被告人なりに真剣に家族の幸せを思い悩んだ末の犯行であり、そもそも被告人自身も家族とともに死ぬつもりでの犯行と認められる。被告人は、逮捕後、自らの過ちに気付いたのち、思い悩んで自殺を図っており、現在は本件を深く反省悔悟し、子供達の冥福を祈って読経、写経にいそしむ毎日を送っているのであって、これからの人生も深い悲しみと後悔を背負って生きていくものと思われる。また、夫Dに対する犯行は幸いにして未遂に終っており、Dをはじめ同人側の遺族も、被告人の厳罰までは望んでいない。被告人には前科前歴はなく、これまで真面目な一市民として生活してきた者であること、その他被告人の生い立ち等被告人のために酌むべき事情もあるので、これらを総合考慮し、主文の刑を量定した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上光鵄 裁判官清水肇 裁判官稗田雅洋)

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